上田電鉄別所線
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久々に鉄道の話題。今回は三陸鉄道北リアス線に乗った。
北リアス線は岩手県の宮古と久慈を結ぶ路線で、最近はイベント列車がJRとの相互乗り入れを行ったりしている。
三陸鉄道は、国鉄の廃止・建設中路線を転換した初めての第三セクター鉄道であり、開通当初はそこそこ経営も順調だった。しかし、最近は利用客が落ち込んでおり、その取り返しに躍起になっているようだ。
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最近特に話題に上がっている銚子電気鉄道、異例の「お願い」をホームページに掲載して以来、全国から支援の声が上がっている。
他にも経営難の鉄道会社が多い中、どうして銚子電鉄がこれだけの支持を得られているのか、現在の銚子市の状況を含めて取材してみた。
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鹿島鉄道の鉾田から鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の新鉾田へ行き、新鉾田~鹿島神宮間に乗車した。
鹿島臨海鉄道は第三セクターの中では比較的経営状態が良いと言われているが、高速バスの台頭によりそれも脅かされつつあるようだ。特に列車の終点の鹿島神宮は、鉄道の地盤沈下が激しいところである。
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鹿島鉄道は茨城県の南部、石岡~鉾田間を霞ヶ浦北岸沿いに結ぶ鉄道である。非電化単線のローカル線で、古いディーゼルカーが多数運行されていることでも有名だ。
2007年3月末での廃止が予定されているこの鉄道に乗車してみた。
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関東地方最東端を走る小さな私鉄、銚子電気鉄道が自社のホームページに異例の「お願い」を掲載した。電車を走らせるために、同社の「ぬれ煎餅」を買ってほしいという訴えだ。その動きに応え、ネットユーザーから注文が殺到しいているという。
経営不振により廃止される鉄道が多い現在、様々な困難に見舞われながらも、同社は独創的な取り組みにより鉄道を維持してきた。今回の訴えも含めて、地域活性化の観点から見ても注目に値する活動といえよう。
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JR肥薩線は、熊本と鹿児島を結ぶ3つの鉄道ルートのうち、最初に開通したルートである。しかし、険しい山越えの路線であることから、鹿児島へのアクセスは海岸沿いのルート(現肥薩おれんじ鉄道)へ切り替えられ、このルートは早いうちから支線に格下げされた。
現在はこのルートが観光鉄道に生まれ変わっている。特に、中央部の人吉~吉松間には、わずか4駅間を75分かけて走る観光列車「いさぶろう・しんぺい」が走っている。
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福井鉄道福武線は、福井県福井市と越前市を結ぶ路線である。最近になってこの路線は、低床ホームに低床車が走るLRT風の路線に改築された。
この福井鉄道福武線の田原町~武生新間を利用した。
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岐阜地区新鉄道とは、名古屋鉄道が廃止した路面電車の美濃町線をLRTとして復活させようというプロジェクトである。しばらくホームページが落ちていたので、運動が頓挫したのかと心配していたが、最近になって移転して復旧したので一安心した。
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えちぜん鉄道は福井県の福井を中心に走る第三セクターの鉄道だが、乗客に対するサービスという面では、目覚しい工夫を重ねている会社である。費用対効果がどれだけ出るか心配なほどに充実したサービスもあるが、そのサービスをレポートしようと思う。
今回は、えちぜん鉄道勝山永平寺線の福井~発坂間、三国芦原線の福井口~田原町間に乗車した。
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金沢(津幡)~輪島間は、かつて国鉄七尾線が結んでいた。しかし、津幡~和倉温泉間の電化により和倉温泉~輪島間がのと鉄道に経営分離され、さらにその後、穴水~輪島間は廃止になりバス転換されてしまった。つまり、旧七尾線は3つに分かれてしまったのである。
この旧七尾線・金沢~輪島間の現状を追ってみた。
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篠ノ井線は長野県の塩尻~篠ノ井を結ぶ路線である。と言ってもピンと来ないかもしれないが、中央本線~松本~長野を結んでいるといえば分かりやすいだろう。
しかしこの路線は、松本を境に、南部は実質的な中央本線の延長である幹線、北部は山岳路線と大きく性格が異なっている。今回のレポートの対象は、この北部の路線である。
この路線を堪能するには、普通電車に乗るに限る。
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北神急行電鉄は、神戸電鉄の谷上から神戸市営地下鉄の新神戸までの路線を持つ。1駅間だけだが所要時間は約8分と長く、ほぼ全線が地下路線である。神戸市営地下鉄と直通運転しているが、ちょっと影が薄い。
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神戸電鉄は「準大手」と呼ばれている鉄道会社の一種で、大手並みの路線を持ち、車両も独自設計だが、ほぼ全線にわたって急勾配が続き、登山鉄道と呼んでもおかしくないような路線である。
神戸電鉄には、粟生線の三木~鈴蘭台、有馬線の鈴蘭台~有馬温泉間を乗車した。
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三木鉄道は、兵庫県加古川市の厄神と三木市の三木を結ぶ短い鉄道路線である。大正時代に開通した歴史ある路線だが、現在では乗客の数も少なく、そろそろ廃線が囁かれている鉄道の1つである。
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加古川駅から出ているJR加古川線は、少し前までは非電化だったが、最近になって電化されたローカル線である。この線に、加古川から厄神まで乗車した。
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南海汐見橋線は、大阪市内を走る路線にしては1時間に2本しか運転されておらず、大都市を走るローカル線として有名な路線である。この南海汐見橋線を訪問してみた。
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南海高野線を利用して、高野山に行ってみた。最近世界遺産に登録された高野山だが、私自身は行くのは初めてだった。
しかし、行程途中で近鉄が遅れた影響で、滞在時間がわずか1時間になってしまった。
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関西方面を旅行した。名古屋まで新幹線、そこから近鉄に乗り継ぎ、吉野口から今度はJR和歌山線に乗り継ぐ計画。
ところが橿原神宮前で近鉄吉野線に乗り継ぐと、事故の影響で対向電車が遅れているという。近鉄吉野線は単線なので、対向列車が遅れればこちらも待たされるのである。当然吉野口到着も遅れることに。ここで1時間に1本のJR和歌山線に3分間で乗り継ぐ予定だった私の計画は、見事に破綻したのである。トホホ……
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あおなみ線は2004年10月に開通した新しい路線で、東海道本線の貨物支線(名古屋~西名古屋港間)を旅客線に転用した路線である。
6月24日の愛知鉄道紀行の最後を締めくくったのは、この路線である。
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JR東海に城北線という路線がある。全線複線高架ながら非電化というのも変わっているが、特に変わっているのは、JR東海の列車が1本も走っていないことである。この路線はJR東海の子会社、東海交通事業が運行している路線だからである。
6月24日、そんな城北線に乗ってきた。
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ピーチライナー(桃花台新交通)は、小牧駅とニュータウンである桃花台を結ぶ新交通システムだが、今年9月末で廃止予定である。モノレールを除いた新交通システムの廃止は全国で初。どのようなものだか、乗りに行ってみた。
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豊橋鉄道は、豊橋を基点に路面電車の東田本線、鉄道の渥美線を運営する鉄道会社である。特に路面電車である東田本線は、近年では豊橋市からも「路面電車のある市」とアピールに使用されており、82年に井原~運動公園前の開業、98年に駅前電停の移設(延長)と、明るい話題の多い路線である。
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鉄道を中心に、各種交通(船、バス、自動車、飛行機、自転車、徒歩、その他)についての展示を行っていた博物館。
※2006/05/14で閉館
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富山から実家に向かうのに、北陸本線の特急「サンダーバード」を利用した。北陸本線は複線で線形も良く、JR西日本の誇る681系電車が時速130km/hで飛ばしてゆく。それでも大阪までは3時間強かかるのだが、富山、金沢、福井といった北陸の各都市を結ぶ重要な特急である。
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4月29日に開業したばかりのポートラム(富山ライトレール)富山港線に乗ってきた。ポートラムはJR富山港線の廃線跡を利用したLRT、つまり路面電車。21世紀で初めて新規開通した路面電車である。富山県内では路面電車の事業者数が3社(富山地方鉄道、万葉線、富山ライトレール)となり、北海道・東京・愛知の2社を抜いて大阪(3社)と並ぶ最多となった。
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廃線間近の神岡鉄道に初めて乗った。JR高山本線の猪谷駅から岐阜県神岡町(現、飛騨市神岡町)に至る路線である。神岡は古くからの鉱業の町で、かつては同じ「神岡鉄道」と称する軽便鉄道がこの辺りを走っていた。それに代わって敷設された国鉄神岡線を第三セクターに転換したのが、この神岡鉄道である。もともと貨物を主体とした路線であったため、旅客列車は少なかったのだが、貨物の最大の顧客である神岡鉱業がトラック輸送に切り替えたため、廃線になることになったのである(ちなみに、神岡鉄道の筆頭株主は神岡工業の親会社である三井鉱業)。
猪谷駅で待っていたのは、「おくひだ2号」と書かれた単行の気動車であった。車両に名前がついている例は、総武流山電鉄など一部にしか例がない。また、列車内には囲炉裏があった。もっとも本当に火を焚いているのではなく、日に見えるのは赤い小さな電球である。それでも、車両の古い雰囲気も相まって、ふるさとの鉄道というイメージ作りには貢献している。
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今や貴重な存在となったナローゲージの路線、黒部峡谷鉄道に乗ってみた。しかも今日は今年の全線開通の当日である。急峻な山の中を走る黒部峡谷鉄道は冬場は運休し、春にまた運行を再開するのである。始発の宇奈月駅には地元の高校生と思われるブラスバンドも出ており、全線開通を祝っていた。
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本日は久々の出張。ただ、関西への出張は初めて。出張先は奈良だが、ここは12月に旅行で行ったばかり。何だ、こんな事ならば12月の旅行は別なところに行くんだった。
ともかく、本日13日に、小田原駅の13番線からひかり号の13号車、13C席に乗り込む。今日は13日、何故かこうも13の数字ばかり縁がある。
京都駅の13番線に到着し、そこで近鉄に乗り換える。前回は気がつかなかったのだが、新幹線(JR東海)と近鉄の改札口は真正面にある。この空間に在来線(JR西日本)の改札口は見えない。それがどうかと思うかもしれないが、新幹線の京都駅はJR東海、しかし在来線はJR西日本。しかも、JR西日本は京都・奈良間で近鉄と激しく争っている仲である。近鉄京都駅で降りた乗客は、JR西日本の改札口に行く前に、まずJR東海の改札口に対面するわけである。それが私には微妙に思えた。
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今日はまず高知市内を見物。まずは目に留まった高知城に行く。こちらも「功名が辻」ムード一色である。
高知城の天守閣は小高い山の上にあり、市内では目立っている。しかし城の入口のほうに登ってみると、なかなか興味深い構造になっていることが分かる。まず、すぐ近くまで近づくと、天守閣は周囲の木々に阻まれて見えにくくなる。さらに近づくと、正面には大きな櫓が行く手を阻む。右は上り階段、左は平らな道。天守閣は左上にあるので左に行きたくなるのが人情だが、実は右の上り階段を上るのが正解。右の上り階段を上りきると、そこから櫓を渡って城に入れるようになっていることが分かる。
ところが、なんと年末は休業で、櫓の入口が閉まっていた。残念。仕方がなく写真を撮ろうとするが、カメラを向けるとどうしても逆光になり、ろくな写真が撮れない。何度かカメラを向けてみて、はたと気がついた。逆光になれば攻撃もしづらい。つまり、高知城は太陽の光すらも味方に付けているということなのである。
高知城を出て、次に有名なはりまや橋に向かった。はりまや橋の名前や朱塗りの欄干のイメージはあまりに有名だが、「がっかり名所」との噂もよく聞く。真相は如何に。
電車ではりまや橋の電停に行き、はりまや橋を探した。はりまや橋は、高知駅方面に向かう道路に架かっているのがすぐに見つかったが、はりまや橋の下の川はすでに埋め立てられている。欄干だけがあるが、朱塗りではなく石造りである。ふと見ると、その左右は池のようになっており、それぞれに1本ずつ橋が架かっている。合計3本の橋がある訳だ。
西側には朱塗りの欄干の橋が架かっている。木造で中央が高くなっており、時代劇に出てきそうな橋である。説明を見ると、これは江戸時代のはりまや橋を資料などを元に復元したものだそうである。一方、東側にはモダンな緑色の橋が架かっているが、これは明治時代のはりまや橋を復元したものだそうだ。さらに、川を埋め立てた地下に通路が設置されており、そこに朱塗りの欄干が展示されていた。ようやくはりまや橋の全貌がつかめ、ややほっとした。
さて、電車で高知駅に向かい、そこから特急南風で窪川に向かう。特急南風はアンパンマン列車と称し、内側・外側にアンパンマンのキャラクタがラッピングされている上に、車内放送のチャイムもアンパンマンのテーマになっている凝りよう。窪川で予土線に乗り換える。予土線は1両編成でレールバスのような車両であり、ローカル線であることをうかがわせた。
予土線の車両はまず若井駅まで土佐くろしお鉄道中村線の線路を走り、その先で分岐して予土線に入る。直線に近くトンネルが多い中を、車両は高速で突っ走る。近年建設された路線の特徴である。横に四万十川が寄り添うように流れているが、途中まで行くとトンネルが途切れるごとに四万十川を渡る区間がある。四万十川が蛇行し、その上をまっすぐ走っているためだろう。川には欄干のない橋が架かっているのも見えた。おそらく、四万十川の水量が増したとき、沈むように設計された橋なのだろう。ところがもっと上流に入ると、橋脚や橋桁が倒壊してそのままになっている橋、沈む橋なのに中間の橋桁が流されている橋も見えた。夏の台風で流されたのだろうか。
予土線は松山県境も近い江川崎駅を過ぎると、とたんにゆっくりした歩みに変わる。後で調べて分かったのだが、江川崎駅から宇和島駅までの間は、もともと軽便鉄道として建設された古い路線らしい。
宇和島でかまぼこなどの練り製品を買う。駅前には牛の銅像があった。そういえば、宇和島は闘牛で有名な地である。今回は闘牛による暇もなかったが、いずれは闘牛を見てみるのも一興かと思った。
その後、宇和島から特急宇和海に乗って松山へ。こちらもアンパンマン列車だが、先の南風よりも更にアンパンマン度が高く、それぞれのシートにアンパンマンのキャラクタが書かれていた。
松山から実家のある呉までスーパージェットと呼ばれる高速船で行く。高速船は波が荒れ、久々に船酔いをしてしまった。
こんな形で、今回の四国めぐりの旅を終えた。もちろん、今回は消化できなかった四国がたくさんあることを再認識した。また近く訪れてみたいと思う。
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今日は徳島から高知に向かう。まっすぐ行くなら阿波池田経由が近いのだが、海岸にそって室戸岬を回って行くことにした。まずは徳島から牟岐線の特急「剣山」に乗り、海部に向かう。もっともこの列車、途中の牟岐から普通列車に化ける。牟岐で6分停車というのでどうしたのかと思ったら、なんとヘッドマークを「剣山」から「むろと」に架け替えてしまった。この車両は終点の海部まで行った後、さらに牟岐と海部の間を往復し、そこから今度は特急「むろと」として徳島に戻るのだが、少し気が早すぎやしないか。まあ、乗客にとってみればこれも楽しみの一つで、多くの乗客が掛け替わったヘッドマークをカメラに収めていた。
牟岐駅から変わるのはそれだけではない。牟岐までは山の間を縫うようにして走っていた牟岐線が、この駅を境にトンネルと高架橋で直線的に走る線に様変わりする。これは、牟岐を境に建設年代がだいぶ違うからなのだろう。
終点の海部は高架駅だった。ここから阿佐海岸鉄道に乗り換えるが、高架駅に2本のホームが並び、そこから下りる階段が1つだけという簡素な駅である。改札口もない。面白いのは、海部駅の直前にトンネルがあるが、そのトンネルは山がないのである。おそらくトンネルができた後で、山が削られてしまったのだろう。
阿佐海岸鉄道の車両に乗り換えたところ、1両編成の車両に満席を少し上回る程度の乗客数になった。無論ふだんはこんなに乗客が多くはなく、この時期独特のものだろうと思う。阿佐海岸鉄道も、牟岐線の牟岐~海部間と同様で、トンネルが連続する直線区間が続く。もっとも、短いトンネルが何本も続くのが特徴的である。阿佐海岸鉄道はわずか2駅間の路線だが、海部以外の宍喰駅も甲浦駅も高架駅であり、しかも必要以上に高い位置にホームがある。高い位置に線路を通すことによって、トンネルの長さを短くし、建設費を抑える考えだったのだろう。それにしても、海部~宍喰の1駅で10本以上のトンネルを通るのは、やはり多い。宍喰駅で、半数の乗客は降りてしまった。かなり空いた感じのある車両に乗って、終点の甲浦駅に向かう。
甲浦駅からバスに乗り換え、室戸岬へ向かう。ここからは海岸沿いの国道を行く。東洋町の中心部を除けば、あまり大きな集落がない中を、バスは淡々と進んで行く。50分ほどで室戸岬のバス停に着いたが、ほぼ時刻表通りに着いたのが驚きだった。
バスを降りて、周辺の遊歩道を散策する。褶曲した巨大な岩盤が波で浸食され、複雑な地形になっている。窪みには水が溜まり、池ができている。地図で見ると尖った岬にしか見えないが、実物を見るとスケールに圧倒される。
しかし、岬の上に見える灯台への行き方が分からない。あれこれ探して歩いていると、室戸岬漁港に着いてしまった。町は海よりも5mほど高い位置にあるが、それよりも高い防波堤がある。台風などが来ると、波がだいぶ荒れるのだろう。
室戸岬漁港ではめぼしい食堂が見当たらなかったので、室戸岬のバス停に戻り、バス待合所の食堂で昼食を取る。この食堂のおばさんに話を聞いて、ようやく分かった。灯台に登る道は、甲浦方面から見て少し手前にあり、遍路道として存在しているとのこと。しかし、灯台へは片道30分かかるとのことで、灯台に行くのは諦めた。代わりに近くの観光案内所にある展望台に上る。展望台からは3方向に太平洋を見渡すことができ、室戸岬が尖った形であることをよく実感できた。
室戸岬から再びバスに乗り、奈半利に行く。奈半利からはごめん・なはり線に乗り換え。バスは時刻どおりに着いたが、時間が短いので急いで乗り換える。ごめん・なはり線は近年開通した線だが、面白いのは各駅ごとにやなせたかし氏がデザインしたマスコットキャラクタが設定されていることである。しかも、単にキャラクタを設定しているだけではなく、駅に到着するときに流れる車内の自動放送でも「次は安芸、安芸、うたこちゃんの安芸駅です」という具合に、キャラクタの名前を読み上げるのが目新しかった。
もう夕方なので、日が暮れてゆく。そこではたと思い、安芸駅で次の列車に乗り換えた。次の列車ならば、太平洋に沈む夕日を窓から眺められるのではないかと。実際、乗り換えた後の列車では日没をじっくりと眺めることができたが、足摺岬の向こうに夕日が沈んでしまったので、残念ながら海に沈む様子は見られなかった。
「ありがとう駅」との愛称のついた後免町駅で降り、土佐電鉄の路面電車に乗り換える。路面電車はゆっくり走るが、バス並みにこまめに停留所が設置されている。たぶん路面電車よりバスのほうがスピードが出るのだろうが、路面電車は路線がはっきりしていて、私のようなよそ者には分かりやすい。バスのように小回りが利かないことの裏返しだろうが、新潟でどのバスに乗ればよいのか迷ったのとは対照的である。
高知市内は、来年のNHK大河ドラマ「功名が辻」の舞台になることから、「かずとよくん」「ちよちゃん」のマスコットキャラクタが町中に飾られていた。マスコットキャラクタの作者は、例によってやなせたかし氏である。
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今日から冬休みで、呉の実家に帰省するのだが、そのままではつまらないので、実家に行くついでにあちこち旅行をすることにしている。今回は奈良と四国南部を選んだ。何せ普段から時間がないので、いつもながら駆け足ペースの旅行である。
まずは新幹線で京都に行き、近鉄特急に乗り奈良に向かう。奈良までならばJRで行ったほうが安いのだろうが、その後の移動が近鉄中心なので、あえてJRを使わなかった。近鉄特急は車内販売がない。今回は乗車時間が1時間足らずなので仕方がないかもしれないが、乗車時間が2時間を超える名阪特急ですら車内販売がない。そのためか、停車駅が少ない割には特急らしい気がしない。
奈良県内で2箇所ほど回った後、近鉄が誇る特急車両のひとつ、ビスタEXに乗って橿原神宮前駅(この駅、昔は「橿原神宮駅」駅と称したらしい)に行き、そこから吉野線の特急(2両編成)に乗り換える。橿原線と吉野線はレールの幅が異なるため、乗り換えが必要になるわけだ。そのあと吉野口でJR和歌山線に乗り換える。
ところが近鉄特急で吉野口駅に降り立つと、どこか変だ。理由はすぐに分かった。吉野口駅の駅名標がJR西日本の様式であり、駅名標に「JR」のロゴも入っている。駅の雰囲気もJRらしい。JR和歌山線との間の中間改札もなく、駅改札もJRのローカル線にある、入場スタンプを刻印する機械のみが入っているもの。どうやら吉野口駅は、完全にJRに駅業務を委託しているようだ。京都から奈良方面では激しい競争を繰り広げている両社のことを思うと、意外に見えた。
それはともかく困ったのが、JRの駅である吉野口駅では、「スルッとKANSAI」で出場できないばかりか、精算もできないことである。駅員に話したところ、乗車駅からの料金を現金で払ってくださいとのことで、慣れた様子でスタンプを押した下車票を渡してくれた。次に「スルッとKANSAI」を使うときに、これを見せれば入場できるようになるという。下車票には「スルッとKANSAIの域外まで行く場合は、あらかじめ乗車券を購入してください」との記述があるが、JRとの乗換駅である吉野口駅で「スルッとKANSAI」が使えないというのは、地元民ではない私に分かるわけがない。ただ、駅員の対応が丁寧だったのが救いだったが。
JR和歌山線の電車が来た。同じホームの反対側には近鉄の急行電車が停まっている。近鉄の電車がJRに乗り入れているような錯覚を受ける場面だ。
スイッチバックの北宇智駅を過ぎ、五条駅へ。この駅はそこそこ大きい駅で、電車もここで5分ほど停まったが、ホームに下りても飲み物の自動販売機1つない。ただ、駅前はそこそこ建物が並んでおり、観光地であることが良く分かる。予定線だった五新線の跡を見に行きたい気もしたが、今日は四国まで行かなければならないので諦めた。ところが、橋本まで行くと到着時間が30分ほど早いことに気がついた。どうも時刻を調べるとき、五条から次の列車に乗り換えるつもりだったのを忘れていたらしい。ともかく、こうして難波には予定よりも30分ほど早く着いてしまった。
早く着いてしまったので、少し道頓堀周辺を歩いてみた。個性のないビルが並んでいる。中には斬新なデザインのビルもあるが、デザインに「大阪らしさ」が感じられない。そう思っていると、湊町に船の発着所があるのを見つけた。これが一番大阪らしい収穫に思えた。
難波のバスターミナルから、バスで徳島に向かった。外はすでに暗い。湾岸から見た神戸の町は美しかったが、素通り。淡路島を通って徳島に行ったが、淡路島は真っ暗で何も見えなかったので、居眠りをしているうちに、鳴門大橋を通り過ぎたのも気がつかなかった。
徳島駅前。こちらも個性がない。東京の近辺の都市と、あまり雰囲気が変わらない。もう少し街づくりに「らしさ」を期待したい、と思うのは旅行者のわがままだろうか。
と思ったが、旅館で出された料理には感服した。こちらは「徳島らしさ」があふれていた。鳴門の金時やわかめ、半田そうめん、紀伊水道の魚介類、それに随所に使われたすだち。半田そうめんは他のそうめんと違って腰が強く、太さもひやむぎほどある。食べてみたが、腰の強さはひやむぎ以上だろうか。JASでそうめんとひやむぎについての規定ができたとき、半田のそうめんはひやむぎに分類されそうになったのを、地元で必死に反対して「半田そうめん」の名前を守ったと、旅館の人が話してくれた。
茶碗蒸しにさつまいもと餅が入っていたのは驚いたが、徳島ではこれが普通なのだろうか。
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久しぶりに休みが取れたので、旅行に出てみた。今回の旅行先は新潟県、ただし行き先は津南町と新潟市の2つがある。
まず津南町に行った。津南町は中越地方の山間部にあり、豪雪の地として有名。しかも、今年は例年にない大雪とテレビで繰り返し報じている。
飯山線沿いなので、一計を案じてまず長野新幹線で長野に出て、そこから12:30発の飯山線列車で津南に入ることにした。新幹線で上田を通ったときは、うっすら雪化粧している程度に見えたが、長野に着くと本格的な雪景色。さらに、飯山線に乗り換えて飯山に着く頃には、噂通りの大雪を認識した。13:34に戸狩野沢温泉に着いて、13:39発の十日町行きに乗り継ごうとしたら、この便は除雪作業のため運休という。おいおい、携帯電話の「鉄道運行情報」にはそんなこと出ていなかったぞ。この区間は、もともと3時間に1本程度しか走っていないのだが、それでも平気で運休してしまうのか。
結局その次、16:12発の列車まで待つことになった。もっとも、駅員さんもこのような事には慣れているようで、「ここより列車の中のほうが足も伸ばせるので、列車の中で待っていてください」と。しばらくは暖房の効いた待合室にいたが、それから飲み物と食べ物を買って車内へ移った。車内では退屈なので眠っていたが、ふと機械音に目を覚ますと、駅員さんがホームを小型のロータリー式除雪機で除雪していた。こういう場所で駅を維持して行くのも、大変な作業なのだろう。電話ボックスの上に積もった雪もすごい。高さは50cmほどだが、横にせり出すように積もっており、まるで茸のようだ。
戸狩野沢温泉駅からの列車は、長野からの列車を待ったため、所定の時刻よりさらに遅れて発車した。乗客は20名ほど。周囲はすでに薄暗くなり、山奥に進むごとにさらに雪深くなる。津南についたころには周囲は真っ暗になっていた。道は除雪してあったが、周囲には高さ1.5メートルほどの雪の壁がそびえている。旅館までは難なく到着できたが、雪国に来たことを実感した。
旅館の露天風呂に入っていると、轟音とともに風呂の上にかかる屋根から庭に雪が落ちた。別な屋根には見事な雪庇ができている。今までこうした目で実際の雪国を見たことがなかったので、雪国に住む方には少し無責任な感覚に見えるかもしれないが、新しい発見をしたような気がした。
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7月に初めて南九州を旅行した。3連休を使用しての旅行だったので、訪問地を増やして効率よく移動しようと、大阪から「彗星」を利用したプランを企む。ところが1週間前だというのに、簡単にB個室寝台の切符が取れてしまった。これが寝台特急の現実か。
そして当日、名古屋のあたりをうろうろした後で、近鉄で大阪に行き、大阪駅から「彗星」に乗る。B個室寝台そのものは狭いが快適で、以前開放寝台に乗ったときのように、周囲のいびきに悩まされることもなかった。
ところが、この「彗星」は宮崎着が10:36と遅いにもかかわらず、朝食の供食体制が全くできていないことには恐れ入った。大分では比較的長く停車するが、朝早すぎて弁当屋は開いていない。それ以外の駅の停車時間は短く、飲み物すら買うのが難しい。車内についている唯一の自動販売機は、朝の4時台に門司で分割され「あかつき」として長崎に旅立ってしまう。
結局、前日の夜に大阪で駅弁を買っておいたので事なきを得たが、知らない人が乗ったらどうするのだろう。秋のダイヤ改正で「彗星」は廃止されてしまうというが、寝台特急ならではの「寝ていれば着く」という利点もある。食堂車を復活させろとまでは言わないが、こうした点に気をつけていれば、もっと利用者の減少も抑えられたのではないだろうか。
一方、8月には北海道を旅行した。前日に函館に到着して一泊し、そこから「スーパー北斗」に乗って南千歳へ。
列車に乗ると、座席に車内販売のメニューが添えられており、それを開いてみて驚いた。同じ路線の特急でも、上りと下りとで販売する弁当の種類が異なる。出発地の弁当を販売しているのだ。しかも、途中の長万部では名物駅弁の「かにめし」を積み込むので、予約をとるとのこと。そういえば最近はほとんどの車両の窓が開かなくなったので、ホームの売り子さんから弁当を買うのは難しくなった。それが、途中駅の駅弁をこんな形で買えるとは、何とも心憎いではないか。
メニューがあると注文しやすいし、ワゴン販売時にワゴンに乗せていないものを注文すると、すぐに持ってきてくれるのも便利だった。
行きは乗車時間帯の都合で「かにめし」を注文しなかったが、帰りは朝食として注文した。8:57に長万部に着くと、まもなく席に「かにめし」が届けられた。温かかったので、見ると「8時調製」の表示がある。中の漬物類は温かくないので温め直しでないことがすぐに分かる。
次回の北海道旅行もJRで行こう、と思った瞬間だった。
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少し前になりますが、夏休みに竜飛岬を旅行しました。
竜飛岬は最寄り駅の三厩駅からでも距離があるので、マイカーやレンタカー、タクシーなどを使わなければ行けないように見えるのですが、実はもう一つ隠れた最寄り駅があります。それは、竜飛海底駅(!)。
JR北海道がやっている青函トンネルの見学コース(竜飛海底駅+青函トンネル記念館)は、3時間ほど時間があるので、海底駅を見学をした後でケーブルカーで地上に上がり、青函トンネル記念館の見学ができるほか、周囲を歩くこともできます。国内唯一の階段国道(国道339号線)や「津軽海峡冬景色」の歌碑、そして津軽海峡を望むことができる展望台に徒歩10分程度で行けるので、全部見回るのに3時間では短いと思えるほどでした。
あまり観光施設がたくさんあるところではないのですが、竜飛岬にはホテルもあるので、どうせならば竜飛海底駅を竜飛岬の最寄り駅として本格的に営業開始しても良いのではないかと思えるのですが、ケーブルカーを使わなければ地上に出られないのはやはり厳しいのでしょうか。
なお、北海道新幹線の工事が始まると、竜飛海底駅の見学コースもなくなってしまう可能性があるとか。こんなに魅力的な観光コースがなくなってしまうとしたら、残念です。
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