榛名湖イルミネーションフェスタ08
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
日本三名瀑という言葉があるらしい。
このうち、華厳滝と袋田の滝に行ってきた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
岐阜地区新鉄道とは、名古屋鉄道が廃止した路面電車の美濃町線をLRTとして復活させようというプロジェクトである。しばらくホームページが落ちていたので、運動が頓挫したのかと心配していたが、最近になって移転して復旧したので一安心した。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
神戸市を走る国道174号線をご存知だろうか。実は、全国に500弱ある国道の中でもっとも短い路線であり、全長は187メートルしかない。とはいっても、全長200メートル弱の国道なんて、地図を見てもなかなか想像がつきにくいだろうが・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
南海高野線からケーブルカーに乗り継ぎ、着いたところは高野山の入口。近鉄の遅れの影響で、元々2時間弱しか取っていなかった高野山観光が1時間を割る時間となってしまい、タクシーで駆け足の「高野山めぐり」をする羽目になった。
こんな高野山めぐりを快く引き受けてくれた、有鉄観光タクシーの運転手さんに、まずは感謝である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ゴールデンウィーク初日の今日は、長野県大町市を観光した。大町市といえば、北アルプスの登山やスキーなどレジャー拠点、立山黒部アルペンルートの起点として知られているが、知る人ぞ知る博物館の多い市なのである。この規模の都市(人口3万2千人程度)には珍しく、「博物館」と名の付く施設が5つもある(それ以外、博物館に準ずる施設を合わせると10以上にもなる)。よって、今回の旅行も、博物館好きな私にとっては、博物館巡りが重要な目的の一つである。
八王子から「スーパーあずさ11号」に乗って信濃大町へ。昼過ぎに信濃大町駅に着くと、駅前の大町市観光案内所で「博物館めぐり案内図」をゲット。案内図は割引券つきでちょっとお得になっていた。
観光案内所の隣のタクシー会社より市立大町山岳博物館へ。山の中腹にあるとのことだったので、タクシーで向かった。博物館の歴史は古いそうだが、新しい立派な建物が構えている。すぐ前が大町公園になっており、桜が咲き乱れていた。そういえば、去年のゴールデンウィークも弘前公園や芦野公園の桜を見に行ったっけ。
山岳博物館を見学後、今度は徒歩で街中に下り、塩の道博物館に向かう。下り坂なので、15分ほど歩けば塩の道博物館に到着した。入口を見て、これはいわゆる「ミニ博物館」だろうと高をくくっていたが、実は奥に長く作られており、外見から見るよりもはるかに規模が大きかった。
そろそろ夕方になり、各博物館の閉館時刻が近づいてきたので、次に選んだのはゴッホが愛した歌川派(浮世絵)美術館だった。塩の道博物館で予想外に時間をつぶしてしまったので、1時間に1本しかないバスの時刻を逃してしまい、タクシーで向かう。タクシーの運転手に行き先を告げても「知らない」と言われて少し戸惑ったが、地図を見せれば難なく向かってくれた。到着したのは最終入館時刻の5分前だった。
最後、旅館に荷物を置いてから、アルプス温泉博物館・薬師の湯を訪問。4つの博物館をはしごする一日だった。
なお、それぞれの博物館の訪問記については、準備が出来次第別アーティクルにて公開する予定。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日はまず高知市内を見物。まずは目に留まった高知城に行く。こちらも「功名が辻」ムード一色である。
高知城の天守閣は小高い山の上にあり、市内では目立っている。しかし城の入口のほうに登ってみると、なかなか興味深い構造になっていることが分かる。まず、すぐ近くまで近づくと、天守閣は周囲の木々に阻まれて見えにくくなる。さらに近づくと、正面には大きな櫓が行く手を阻む。右は上り階段、左は平らな道。天守閣は左上にあるので左に行きたくなるのが人情だが、実は右の上り階段を上るのが正解。右の上り階段を上りきると、そこから櫓を渡って城に入れるようになっていることが分かる。
ところが、なんと年末は休業で、櫓の入口が閉まっていた。残念。仕方がなく写真を撮ろうとするが、カメラを向けるとどうしても逆光になり、ろくな写真が撮れない。何度かカメラを向けてみて、はたと気がついた。逆光になれば攻撃もしづらい。つまり、高知城は太陽の光すらも味方に付けているということなのである。
高知城を出て、次に有名なはりまや橋に向かった。はりまや橋の名前や朱塗りの欄干のイメージはあまりに有名だが、「がっかり名所」との噂もよく聞く。真相は如何に。
電車ではりまや橋の電停に行き、はりまや橋を探した。はりまや橋は、高知駅方面に向かう道路に架かっているのがすぐに見つかったが、はりまや橋の下の川はすでに埋め立てられている。欄干だけがあるが、朱塗りではなく石造りである。ふと見ると、その左右は池のようになっており、それぞれに1本ずつ橋が架かっている。合計3本の橋がある訳だ。
西側には朱塗りの欄干の橋が架かっている。木造で中央が高くなっており、時代劇に出てきそうな橋である。説明を見ると、これは江戸時代のはりまや橋を資料などを元に復元したものだそうである。一方、東側にはモダンな緑色の橋が架かっているが、これは明治時代のはりまや橋を復元したものだそうだ。さらに、川を埋め立てた地下に通路が設置されており、そこに朱塗りの欄干が展示されていた。ようやくはりまや橋の全貌がつかめ、ややほっとした。
さて、電車で高知駅に向かい、そこから特急南風で窪川に向かう。特急南風はアンパンマン列車と称し、内側・外側にアンパンマンのキャラクタがラッピングされている上に、車内放送のチャイムもアンパンマンのテーマになっている凝りよう。窪川で予土線に乗り換える。予土線は1両編成でレールバスのような車両であり、ローカル線であることをうかがわせた。
予土線の車両はまず若井駅まで土佐くろしお鉄道中村線の線路を走り、その先で分岐して予土線に入る。直線に近くトンネルが多い中を、車両は高速で突っ走る。近年建設された路線の特徴である。横に四万十川が寄り添うように流れているが、途中まで行くとトンネルが途切れるごとに四万十川を渡る区間がある。四万十川が蛇行し、その上をまっすぐ走っているためだろう。川には欄干のない橋が架かっているのも見えた。おそらく、四万十川の水量が増したとき、沈むように設計された橋なのだろう。ところがもっと上流に入ると、橋脚や橋桁が倒壊してそのままになっている橋、沈む橋なのに中間の橋桁が流されている橋も見えた。夏の台風で流されたのだろうか。
予土線は松山県境も近い江川崎駅を過ぎると、とたんにゆっくりした歩みに変わる。後で調べて分かったのだが、江川崎駅から宇和島駅までの間は、もともと軽便鉄道として建設された古い路線らしい。
宇和島でかまぼこなどの練り製品を買う。駅前には牛の銅像があった。そういえば、宇和島は闘牛で有名な地である。今回は闘牛による暇もなかったが、いずれは闘牛を見てみるのも一興かと思った。
その後、宇和島から特急宇和海に乗って松山へ。こちらもアンパンマン列車だが、先の南風よりも更にアンパンマン度が高く、それぞれのシートにアンパンマンのキャラクタが書かれていた。
松山から実家のある呉までスーパージェットと呼ばれる高速船で行く。高速船は波が荒れ、久々に船酔いをしてしまった。
こんな形で、今回の四国めぐりの旅を終えた。もちろん、今回は消化できなかった四国がたくさんあることを再認識した。また近く訪れてみたいと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
今日は徳島から高知に向かう。まっすぐ行くなら阿波池田経由が近いのだが、海岸にそって室戸岬を回って行くことにした。まずは徳島から牟岐線の特急「剣山」に乗り、海部に向かう。もっともこの列車、途中の牟岐から普通列車に化ける。牟岐で6分停車というのでどうしたのかと思ったら、なんとヘッドマークを「剣山」から「むろと」に架け替えてしまった。この車両は終点の海部まで行った後、さらに牟岐と海部の間を往復し、そこから今度は特急「むろと」として徳島に戻るのだが、少し気が早すぎやしないか。まあ、乗客にとってみればこれも楽しみの一つで、多くの乗客が掛け替わったヘッドマークをカメラに収めていた。
牟岐駅から変わるのはそれだけではない。牟岐までは山の間を縫うようにして走っていた牟岐線が、この駅を境にトンネルと高架橋で直線的に走る線に様変わりする。これは、牟岐を境に建設年代がだいぶ違うからなのだろう。
終点の海部は高架駅だった。ここから阿佐海岸鉄道に乗り換えるが、高架駅に2本のホームが並び、そこから下りる階段が1つだけという簡素な駅である。改札口もない。面白いのは、海部駅の直前にトンネルがあるが、そのトンネルは山がないのである。おそらくトンネルができた後で、山が削られてしまったのだろう。
阿佐海岸鉄道の車両に乗り換えたところ、1両編成の車両に満席を少し上回る程度の乗客数になった。無論ふだんはこんなに乗客が多くはなく、この時期独特のものだろうと思う。阿佐海岸鉄道も、牟岐線の牟岐~海部間と同様で、トンネルが連続する直線区間が続く。もっとも、短いトンネルが何本も続くのが特徴的である。阿佐海岸鉄道はわずか2駅間の路線だが、海部以外の宍喰駅も甲浦駅も高架駅であり、しかも必要以上に高い位置にホームがある。高い位置に線路を通すことによって、トンネルの長さを短くし、建設費を抑える考えだったのだろう。それにしても、海部~宍喰の1駅で10本以上のトンネルを通るのは、やはり多い。宍喰駅で、半数の乗客は降りてしまった。かなり空いた感じのある車両に乗って、終点の甲浦駅に向かう。
甲浦駅からバスに乗り換え、室戸岬へ向かう。ここからは海岸沿いの国道を行く。東洋町の中心部を除けば、あまり大きな集落がない中を、バスは淡々と進んで行く。50分ほどで室戸岬のバス停に着いたが、ほぼ時刻表通りに着いたのが驚きだった。
バスを降りて、周辺の遊歩道を散策する。褶曲した巨大な岩盤が波で浸食され、複雑な地形になっている。窪みには水が溜まり、池ができている。地図で見ると尖った岬にしか見えないが、実物を見るとスケールに圧倒される。
しかし、岬の上に見える灯台への行き方が分からない。あれこれ探して歩いていると、室戸岬漁港に着いてしまった。町は海よりも5mほど高い位置にあるが、それよりも高い防波堤がある。台風などが来ると、波がだいぶ荒れるのだろう。
室戸岬漁港ではめぼしい食堂が見当たらなかったので、室戸岬のバス停に戻り、バス待合所の食堂で昼食を取る。この食堂のおばさんに話を聞いて、ようやく分かった。灯台に登る道は、甲浦方面から見て少し手前にあり、遍路道として存在しているとのこと。しかし、灯台へは片道30分かかるとのことで、灯台に行くのは諦めた。代わりに近くの観光案内所にある展望台に上る。展望台からは3方向に太平洋を見渡すことができ、室戸岬が尖った形であることをよく実感できた。
室戸岬から再びバスに乗り、奈半利に行く。奈半利からはごめん・なはり線に乗り換え。バスは時刻どおりに着いたが、時間が短いので急いで乗り換える。ごめん・なはり線は近年開通した線だが、面白いのは各駅ごとにやなせたかし氏がデザインしたマスコットキャラクタが設定されていることである。しかも、単にキャラクタを設定しているだけではなく、駅に到着するときに流れる車内の自動放送でも「次は安芸、安芸、うたこちゃんの安芸駅です」という具合に、キャラクタの名前を読み上げるのが目新しかった。
もう夕方なので、日が暮れてゆく。そこではたと思い、安芸駅で次の列車に乗り換えた。次の列車ならば、太平洋に沈む夕日を窓から眺められるのではないかと。実際、乗り換えた後の列車では日没をじっくりと眺めることができたが、足摺岬の向こうに夕日が沈んでしまったので、残念ながら海に沈む様子は見られなかった。
「ありがとう駅」との愛称のついた後免町駅で降り、土佐電鉄の路面電車に乗り換える。路面電車はゆっくり走るが、バス並みにこまめに停留所が設置されている。たぶん路面電車よりバスのほうがスピードが出るのだろうが、路面電車は路線がはっきりしていて、私のようなよそ者には分かりやすい。バスのように小回りが利かないことの裏返しだろうが、新潟でどのバスに乗ればよいのか迷ったのとは対照的である。
高知市内は、来年のNHK大河ドラマ「功名が辻」の舞台になることから、「かずとよくん」「ちよちゃん」のマスコットキャラクタが町中に飾られていた。マスコットキャラクタの作者は、例によってやなせたかし氏である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日から冬休みで、呉の実家に帰省するのだが、そのままではつまらないので、実家に行くついでにあちこち旅行をすることにしている。今回は奈良と四国南部を選んだ。何せ普段から時間がないので、いつもながら駆け足ペースの旅行である。
まずは新幹線で京都に行き、近鉄特急に乗り奈良に向かう。奈良までならばJRで行ったほうが安いのだろうが、その後の移動が近鉄中心なので、あえてJRを使わなかった。近鉄特急は車内販売がない。今回は乗車時間が1時間足らずなので仕方がないかもしれないが、乗車時間が2時間を超える名阪特急ですら車内販売がない。そのためか、停車駅が少ない割には特急らしい気がしない。
奈良県内で2箇所ほど回った後、近鉄が誇る特急車両のひとつ、ビスタEXに乗って橿原神宮前駅(この駅、昔は「橿原神宮駅」駅と称したらしい)に行き、そこから吉野線の特急(2両編成)に乗り換える。橿原線と吉野線はレールの幅が異なるため、乗り換えが必要になるわけだ。そのあと吉野口でJR和歌山線に乗り換える。
ところが近鉄特急で吉野口駅に降り立つと、どこか変だ。理由はすぐに分かった。吉野口駅の駅名標がJR西日本の様式であり、駅名標に「JR」のロゴも入っている。駅の雰囲気もJRらしい。JR和歌山線との間の中間改札もなく、駅改札もJRのローカル線にある、入場スタンプを刻印する機械のみが入っているもの。どうやら吉野口駅は、完全にJRに駅業務を委託しているようだ。京都から奈良方面では激しい競争を繰り広げている両社のことを思うと、意外に見えた。
それはともかく困ったのが、JRの駅である吉野口駅では、「スルッとKANSAI」で出場できないばかりか、精算もできないことである。駅員に話したところ、乗車駅からの料金を現金で払ってくださいとのことで、慣れた様子でスタンプを押した下車票を渡してくれた。次に「スルッとKANSAI」を使うときに、これを見せれば入場できるようになるという。下車票には「スルッとKANSAIの域外まで行く場合は、あらかじめ乗車券を購入してください」との記述があるが、JRとの乗換駅である吉野口駅で「スルッとKANSAI」が使えないというのは、地元民ではない私に分かるわけがない。ただ、駅員の対応が丁寧だったのが救いだったが。
JR和歌山線の電車が来た。同じホームの反対側には近鉄の急行電車が停まっている。近鉄の電車がJRに乗り入れているような錯覚を受ける場面だ。
スイッチバックの北宇智駅を過ぎ、五条駅へ。この駅はそこそこ大きい駅で、電車もここで5分ほど停まったが、ホームに下りても飲み物の自動販売機1つない。ただ、駅前はそこそこ建物が並んでおり、観光地であることが良く分かる。予定線だった五新線の跡を見に行きたい気もしたが、今日は四国まで行かなければならないので諦めた。ところが、橋本まで行くと到着時間が30分ほど早いことに気がついた。どうも時刻を調べるとき、五条から次の列車に乗り換えるつもりだったのを忘れていたらしい。ともかく、こうして難波には予定よりも30分ほど早く着いてしまった。
早く着いてしまったので、少し道頓堀周辺を歩いてみた。個性のないビルが並んでいる。中には斬新なデザインのビルもあるが、デザインに「大阪らしさ」が感じられない。そう思っていると、湊町に船の発着所があるのを見つけた。これが一番大阪らしい収穫に思えた。
難波のバスターミナルから、バスで徳島に向かった。外はすでに暗い。湾岸から見た神戸の町は美しかったが、素通り。淡路島を通って徳島に行ったが、淡路島は真っ暗で何も見えなかったので、居眠りをしているうちに、鳴門大橋を通り過ぎたのも気がつかなかった。
徳島駅前。こちらも個性がない。東京の近辺の都市と、あまり雰囲気が変わらない。もう少し街づくりに「らしさ」を期待したい、と思うのは旅行者のわがままだろうか。
と思ったが、旅館で出された料理には感服した。こちらは「徳島らしさ」があふれていた。鳴門の金時やわかめ、半田そうめん、紀伊水道の魚介類、それに随所に使われたすだち。半田そうめんは他のそうめんと違って腰が強く、太さもひやむぎほどある。食べてみたが、腰の強さはひやむぎ以上だろうか。JASでそうめんとひやむぎについての規定ができたとき、半田のそうめんはひやむぎに分類されそうになったのを、地元で必死に反対して「半田そうめん」の名前を守ったと、旅館の人が話してくれた。
茶碗蒸しにさつまいもと餅が入っていたのは驚いたが、徳島ではこれが普通なのだろうか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
津南に一晩泊まり、起きて外を見てみると驚いた。昨日ですら雪だらけと思っていたのに、積雪量が目に見て分かるほど増えている。急いで鉄道運行情報を確認すると、飯山線ばかりではなく、上越線、信越線、只見線、磐越西線もみな止まっている。朝一番ならば列車は動いているだろうと高をくくっていたが、今回の雪害はそれどころではないようだ。
とりあえず旅館で朝食を済ませると、タクシーを呼んでもらって乗った。中越地方の山間部で動いているのは新幹線とほくほく線だけのようなので、ほくほく線の十日町駅まで行こうという考えである。
十日町駅まで行っても、積雪は相変わらずで、2mを超えているだろう。それでもほくほく線は、無傷で(遅れなく)動いていた。ただ、特急「はくたか」は上越線が不通のため、長岡接続になっている様子。こうなると、「はくたか」はほくほく線に入ってこない。
9:07発のほくほく線普通電車に乗り、六日町に向かう。ほくほく線の普通電車に乗るのは初めてだが、噂通りの走りっぷり。六日町に着いても上越線が止まっており、仕方なく浦佐までバスで行き、そこで新幹線に乗り換えた。どうも、ほくほく線の「六日町」という始発駅は、こういうときに損をしている。せめて越後湯沢か、同じ南魚沼市内の浦佐までは、ほくほく線と同等の設備になれば、雪に強い鉄道ネットワークが出来上がるはずだが……。
新潟に着く。意外と駅前はこじんまりとしているが、実は新潟駅は本来の「新潟」にあるのではない。本来の「新潟」の中心部は、橋を渡った信濃川の対岸にあり、そこまではバスが通じている。しかし、駅前にバス発着所があるものの、路線が複雑でさっぱり要領を得ない。
バスに乗って、重要文化財に指定されている万代橋(ばんだいばし)を渡り、新潟の町に入ると、「本町」に続いて「古町」があった。「本町」は「ほんちょう」で良いのだが、「古町」は「ふるまち」と読み、しかも先頭の文字にアクセントがある。通常は2文字目にアクセントがあることが多いが、こういう地元独特の読み方は、当地を訪れなければなかなか分からないものだろう。
新潟の観光マップを手に入れ、見た。行ってみたいところは多いが、景色を眺めるところが多く、今日は雪が降っているため、あまり行けるところはない。新潟は夜景が見事だと聞いているが、今日の天気では無理そうだ。観光はまた次の機会に、夏にでも行こうと決めた。
ところで、新潟からの帰り、新潟駅にてふと「離島戦隊サドガシマン」なるキャラクターのキャラメルが販売されているのを見た。どうも最近できた佐渡のマスコットらしいが、あまりのセンスに大笑いしてしまった。
「佐渡が自慢のサドガシマン」は「シマナガシーブルー」「ザクザクゴールド」「トキレッド」の3人と、敵役が「ズルガシマン」だとのこと。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
久しぶりに休みが取れたので、旅行に出てみた。今回の旅行先は新潟県、ただし行き先は津南町と新潟市の2つがある。
まず津南町に行った。津南町は中越地方の山間部にあり、豪雪の地として有名。しかも、今年は例年にない大雪とテレビで繰り返し報じている。
飯山線沿いなので、一計を案じてまず長野新幹線で長野に出て、そこから12:30発の飯山線列車で津南に入ることにした。新幹線で上田を通ったときは、うっすら雪化粧している程度に見えたが、長野に着くと本格的な雪景色。さらに、飯山線に乗り換えて飯山に着く頃には、噂通りの大雪を認識した。13:34に戸狩野沢温泉に着いて、13:39発の十日町行きに乗り継ごうとしたら、この便は除雪作業のため運休という。おいおい、携帯電話の「鉄道運行情報」にはそんなこと出ていなかったぞ。この区間は、もともと3時間に1本程度しか走っていないのだが、それでも平気で運休してしまうのか。
結局その次、16:12発の列車まで待つことになった。もっとも、駅員さんもこのような事には慣れているようで、「ここより列車の中のほうが足も伸ばせるので、列車の中で待っていてください」と。しばらくは暖房の効いた待合室にいたが、それから飲み物と食べ物を買って車内へ移った。車内では退屈なので眠っていたが、ふと機械音に目を覚ますと、駅員さんがホームを小型のロータリー式除雪機で除雪していた。こういう場所で駅を維持して行くのも、大変な作業なのだろう。電話ボックスの上に積もった雪もすごい。高さは50cmほどだが、横にせり出すように積もっており、まるで茸のようだ。
戸狩野沢温泉駅からの列車は、長野からの列車を待ったため、所定の時刻よりさらに遅れて発車した。乗客は20名ほど。周囲はすでに薄暗くなり、山奥に進むごとにさらに雪深くなる。津南についたころには周囲は真っ暗になっていた。道は除雪してあったが、周囲には高さ1.5メートルほどの雪の壁がそびえている。旅館までは難なく到着できたが、雪国に来たことを実感した。
旅館の露天風呂に入っていると、轟音とともに風呂の上にかかる屋根から庭に雪が落ちた。別な屋根には見事な雪庇ができている。今までこうした目で実際の雪国を見たことがなかったので、雪国に住む方には少し無責任な感覚に見えるかもしれないが、新しい発見をしたような気がした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立山黒部アルペンルートに行ってみようと思い立ち、富山に出かけた。長野県側は宿泊施設が少なく、直前の予約が取りにくかったので富山県側から出かけたのである。
特急「はくたか」で富山駅に下り立った。実は、富山は今年の5月に初めて訪問したのだが、どこか街の雰囲気が私の感覚に合うようで、今まで訪問した都市の中でも特に気に入っている都市のひとつである。
駅前の一等地に「いきいきKAN」なる観光情報を一元的に見ることができる施設が用意されていたり、駅ビルに地場の魚介類の料理店が並んでいたりと、全般的に観光客には親切な都市である。
また、道が広く高い建物が少ないので、威圧感がない。それでいて田舎という感じもしない。古い建物が多い岩瀬地区にも好感が持てる。それ以外にも、言葉にできないような独自性が「都市の顔」として現れているのだろう。都市のアイデンティティが強いというべきだろうか。
今回はアルペンルートに行くことが主目的であったため、富山に滞在する時間は短かったが、来年春に開業する富山ライトレールの軌道線を、工事中の区間ではあるが歩いてみた。一部はすでに掘り返しているが、まだ手付かずであるところも多い。富山は雪が多いと聞いているが、来年春の開業に間に合うのだろうか、少し心配にもなった。
こんな富山市も、あと10年ほどすれば新幹線が通る。その時に今のような雰囲気のよさが失われないかどうかが心配。大都市になろうと無理して背伸びをして、都市の顔、都市のアイデンティティを失ってしまった都市はたくさんある。新幹線が通った後でも、独自の顔を持つ富山市であってほしいと願うところである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
少し前になりますが、夏休みに竜飛岬を旅行しました。
竜飛岬は最寄り駅の三厩駅からでも距離があるので、マイカーやレンタカー、タクシーなどを使わなければ行けないように見えるのですが、実はもう一つ隠れた最寄り駅があります。それは、竜飛海底駅(!)。
JR北海道がやっている青函トンネルの見学コース(竜飛海底駅+青函トンネル記念館)は、3時間ほど時間があるので、海底駅を見学をした後でケーブルカーで地上に上がり、青函トンネル記念館の見学ができるほか、周囲を歩くこともできます。国内唯一の階段国道(国道339号線)や「津軽海峡冬景色」の歌碑、そして津軽海峡を望むことができる展望台に徒歩10分程度で行けるので、全部見回るのに3時間では短いと思えるほどでした。
あまり観光施設がたくさんあるところではないのですが、竜飛岬にはホテルもあるので、どうせならば竜飛海底駅を竜飛岬の最寄り駅として本格的に営業開始しても良いのではないかと思えるのですが、ケーブルカーを使わなければ地上に出られないのはやはり厳しいのでしょうか。
なお、北海道新幹線の工事が始まると、竜飛海底駅の見学コースもなくなってしまう可能性があるとか。こんなに魅力的な観光コースがなくなってしまうとしたら、残念です。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント